”知る”という義務
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先日、視覚に障害をもつ知人が、前を通りかかった通行人に白杖を蹴飛ばされ「ちゃんと前向いて歩け!」と罵声を浴びせられたという。そもそも視覚障がい者の白杖を蹴飛ばすこと自体に加え、視覚障がい者に対し「前向いて歩け!」とはなんとも(^_^; 腹が立つより、オチがついて拍子抜けしたのだという。
今、内閣府では国連の障害者権利条約の批准に向け「障がい者制度改革推進本部」を作り、障害のある人の参画を得て「障がい者制度改革推進会議」を制度改革について議論を重ねている。差別を感じたという当事者のアンケート(障害者に対する障害を理由とする差別事例等の調査ー雇用・就業)などを見ると、合理的配慮の困難さは想像に難くない。
ただこの「障害者権利条約批准」にむけ、改めて私たちには”知ることの義務”が問われている。法を犯すに”知らなかった”では済まされないように、障害者の権利を侵すのに”知らなかった”では済まされなくなる。
ただ誰しも、相手の権利のことを気にして人付き合いなんてしたくないもの。そして相手だって同じ気持ちのはず。だからこそ最低限のマナーとして、相手のことを知り、そして配慮しあう必要がある。そういう関係性を私たち自ら作り上げていきたい。
「障がい者制度改革推進会議」での議論を読むにつけ少々嫌気がさすのだが、こうした議論の必要がない社会でありたいと思う。