スティグマデザインからの解放 〜「REHACARE International 2010」の視察を通じて〜
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(※) 本稿は「国際ユニヴァーサルデザイン協議会」が発行する「IAUD Newsletter vol.3 第8号 (2010年11月号)」に小生が寄稿したものを、当協議会の許可を得て掲載するものです。
1.はじめに
日本で開催された「国際福祉機器展H.C.R.2010(以下 H.C.R.2010)」について、あるTV番組で は「車いすのまま乗降する電動バイク」「寝転がった状態で乗降する電動車いす」などの展示品を指し、福祉用具に“楽しさ”が感じられるようになってきた、としていた。確かに従来の福祉用具は機能一辺倒で素っ気のないものが多く“楽しい”などと身近に感じるものではなかった。ただ、こうした商品のあり方に加え、その訴求方法においても“楽しさ”を阻害する要因があるのではと思うのである。
10月6~9日(3日間)にドイツで行われたリハビリ及びケア関連の展示会「REHACARE International 2010(以下 REHACARE)」を視察したが、従来の福祉用具の固定観念を変えうる、そして通常の一般製品とも思しき訴求方法が大変印象に残った。本レポートではその代表的な例をご紹介したい。
2.「REHACARE」の概略
福祉用具関連ではヨーロッパ最大規模といわれる「REHACARE」は、来場者52,500人、展示801社 (29カ国)を誇る。会場はデュッセルドルフ空港からほど近い「Düsseldorf Exhibition Centre (North and South Entrance Halls 3 – 7)」で行われた。因に「H.C.R.2010」は来場者119,451 人、展示492社(15カ国)のようだが、「REHACARE」は展示規模に比べ来場者が少なく、ゆったりと見ることができる。日本の展示品は介護負担軽減のための用具類、ロボット技術活用、シス テムソリューションの展示が多いように感じるが、「REHACARE」では例年来場者の半分以上が移動補助機器に関心が高いことにあわせ、車いす、電動車いす、歩行補助車の展示が多いのが特徴だ ろう。さてここからトピック毎に訴求事例をご紹介していきたい。
3.外観デザイン、カラーリングの訴求
“デザイナー名”を展示ブース、カタログに記載し商品訴求に活用している事例だ。 bischoff-bischoff社は歩行補助車(上左)に「ポルシェ デザイン スタジオ」、車いす(上右) に「ルイジ コラーニ」を起用したことを訴求している。Otto Bock社による「ドミニック ウォーン」を起用した車いす(中)は市販化未定のプロトタイプだが、意匠性を高めた外観デザイン はモーターショーのコンセプトモデルを想起させるものだ。多くの来場者が関心を向けていた。HEWI社がリリースするサニタリー商品(下)のカタログには、担当した外部デザイナーの外観デザイン、操作感に対するコメントが掲載されている。また各種デザインアウォード(iF賞、 Universal design consumer favorite2010他)を受賞するなど高い評価を得られているようだが、 それ自体もカタログ、展示ブースに明記し商品訴求としている。黒基調の展示ブースはインテリ アショーの様相で、従来の福祉用途のサニタリーとは一線を画すものだ。外観デザインもミニマ ル(単純で基本的な造形)にまとめられたインテリア性の高いものとなっている。
SunriseMedical社の子供向け車いすには、豊富なデザインのホイールカバーとシートカラーが用意されているが、まるで“おもちゃ”のような感覚で商品選択を楽しめるようになっている。 そしてカタログ、スローガン「Explore your world」共に、よりアクティブに生活できる可能性 を感じさせるものだ。
Otto Bock社がリリースする最新シリーズ「Avantgarde」は、カラーバリエーションを徹底的に訴求する。カタログの表紙を開けると真っ黒の背景に「All you need is」と次の“何か”を期待 させるメッセージが現れる。そして更にメージをめくると「LOVE」というキャッチフレーズと共 に9種類のカラーバリエーションが威風堂々と並ぶ。選ぶ楽しみを演出しているわけだ。ホーム ページには気に入ったモデルを任意の色を変えられる3Dシミュレーションも用意されている。
Erwin Kowsky社の杖は、非常に数多くのカラーバリエーションが楽しめるものとなっている。 7カ所のパーツ全てが8色から選べるのだが、これにより2百万通りもの色の組み合わせが可能 となる。唯一無二の自分だけのオリジナルカラーコーディネートを楽しめるわけだ。こちらもホー ムページ上でカラーを変えられるシミュレーションが提供されている。
4.魅力的な活用シーンの訴求
Otto Bock社の義足のパンフレットには、義足ユーザーの日常生活が繰り返し表現されている。 ただいずれも膝下の義足を大胆に見せた活動的なシーンで、見ていて清々しい気持ちにさせてく れる。もはやこれは“隠す義足“から”魅せる義足”に商品価値が転化している。義足による大 幅な活動範囲の拡大とともに新しい商品像(魅せるもの)を示唆する訴求だ。商品選択の大きな 動機になりえるものと思う。立位に体位変換できる車いすをリリースするLifestand社は、その活用シーンをユニークかつ大 胆に表現する。車いすユーザーにとって座位は多くの不便を感じているところだろう。こうして立位に簡易に移行出来るのであれば、生活習慣も大きく変わるのではないだろうか。そういう可 能性を感じさせる商品訴求だ。ホームページ上にも数多くの活用シーンが掲載されている。
delichon社がリリースする「hippocampe」(上左)は、それぞれ2つ重なった左右のタイヤによ り悪路での走破性向上が図られている。かつ防水仕様で海の中に入っても大丈夫な設計だ。各種 アタッチメントも用意されており、フロントタイヤにスキー板を履かせれば、スキー場で楽しむ ことも出来る。「hippocampe」はホームページ上でユニークな活用シーンの訴求を行っている。「hippocampe」購入者がどこでどのように使ったかの写真を共有するサービスだ。「そんな使い方 があるのか」、「そんな所にも行けるのか」という共有と驚きは、購入者同士の一体感の醸成に加 え、新たな顧客に「私も使ってみるか!」と、その気にさせてくれるものに違いない。The EUROBIKE AWARD 2010を受賞したHase bikes社の「KLIMAX」(上右)は空力特性に優れた優雅な形のウィンドブレーカーが装着されたモデルだ。総合カタログには様々なパーツが装備され たカスタムモデルが数多く掲載されている。またオリジナルデザインのバンダナ、Tシャツなどブ ランドロイヤリティを高揚させる商材も用意している。付属品の充実は、選ぶ楽しみに加え、カスタマイズによる満足感をも与えてくれるものだ。
Otto Bock社の立位リフト付ゴルフ用電動車いす「ParaGolfer」のカタログ(上左)は、開くと ゴルファーが立位姿勢に変わるという立体絵本になっている。商品特徴をユニークに表現したも のだろう。topro社の「veloped」(上右)はもともとアウトドアユースの歩行補助車をゴルフ用途 にカスタマイズしたものだ。クラブを収納できる専用バックを装備し、またウィンドブレーカー など各種アクセサリーも用意されるなど所有欲をくすぐる商品構成となっている。
alber社の「adventure」(下左右)は四輪駆動、交換式大容量バッテリー、剛性を高めたフレー ム構造によりアウトドア及び長距離走行に適したものだ。またスノーチェーンなどの多様なアク セサリーも用意されている。カタログ及び展示ブースは大自然を感じさせる大きな写真を多用し、 アクティブなアウトドアライフを想起させるものになっている。
5.アクティブマインドの訴求
Rollz International社の歩行補助車は手押し型の車いすに形が変えられるタイプだが、カラフ ルなボディー色とポップなブースデザインは従来のステレオタイプな高齢者向け訴求とは大きく 異なる。ターゲットユーザー(高齢者)世代の若い頃であろう写真の大胆な扱い方は、まるで若 さを取り戻せるかのような魅力的な商品訴求になっている。開発者は「21世紀のシニアは冒険 心と好奇心に富み、可能な限り旅行を続けるもの。そうした新しい世代 (The Next Generation of Senior)に向けた全く新しい商品だ」という。販促ツールも通常のカタログに加え、飾っておきた くなるようなグラフィックデザインのADカード(上右)を配布するなど新たな訴求方法を模索し ている。HPも非常にポップで若々しいイメージだ。また、TwitterとFacebookを使った情報発信とユーザーとのコミュニケーションを図る取り組みもされている。
6.最新のものがすぐに手に入る喜びの訴求、他
アルファロメオ ジュリエッタ(上)、アウディ A1 1.4T(下)などの最新モデルに障がい 者用自動車運転装置が装着されていた。アルファロメオ ジュリエッタの後部ドアは車いす積載用に前席側から開けられるよう改造されているが、簡易リフトが装備され、無理なく後部座席に載 せられるものとなっている。また運転装置は取り外しが可能で、家族全員で車を共有できるような設計がされている。こうした最新モデルを福祉用具展に展示すること自体が非常に効果的かつ 印象に残るものだろう。
最後に紹介するのは、車いすを使うママの子育てを支援するツールだ。これにより膝の上に安 心して子供を載せられる。使用シーンを紹介する動画は、車いすのママが買い物、料理、掃除、 洗濯などいろんな場面に小さな子供を連れていくものであったが、非常に微笑ましい清々しさを 感じさせるものだった。以上、様々な訴求が試みられていることを感じて頂けたことと思う。
7.まとめ
日本の福祉用具の訴求は「朗らかで幸せそうな家族のイラスト」「商品特徴を絡めたネーミング (○○くん、○○ちゃん等々)」「パステルカラーによるやさしい印象」そして、多用されるキー ワードは「やさしさ、ハート、シルバー、らくらく、らくちん」といったものであろう。それは 供給者側の姿勢としては理解できるが、無意識下の同情が利用者側に垣間見えてしまわないか。 誰しも自分を固定の枠に当てはめられたくはない。利用者にとって、そうした製品の使用は、そ の同情を追認するというStigma (不名誉な烙印)に陥るのではと思うのである。供給者の利用者へ の思いは、皮肉にも利用者に対する心理的バリアを作ってしまうわけだ。
共用品たるユニヴァーサルデザインは障がい者・高齢者向けと悟られないように外観デザイン、 商品訴求を丹念に作り上げ、その中には成功例もある。同様に専用品たる福祉用具においても、 引け目を感じないポジティブなデザインと商品訴求による“スティグマデザインからの解放”が 必要なのだ。そうであってこそ、本当に利用者の立場にたったのだといえると思うのである。
さあもっと“カッコいい”ものを作ろうじゃない。