2010年 09月 14日
パーソナルモビリティの可能性 〜「HEALTH&REHAB」と「The Mobility Roadshow」の視察を通じて〜
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(※) パーソナルモビリティとは、1~2人乗りの移動機器で、一般にはセグウェイなど動力を有するものを指す。本稿では車いす、電動車いす、電動三・四輪車、自転車、車いす乗降用自家用車等々の総称として使用する。
(※) 本稿は「国際ユニヴァーサルデザイン協議会(IAUD)」が発行する「IAUD Newsletter vol.3 第6号 (2010年9月号)」に小職が寄稿したものを、IAUDの許可を得て掲載するものです。
1.はじめに
現在、私は欧州におけるユニヴァーサルデザイン等の研究のためデンマークに滞在している。先日、福祉関連用具の展示会である「HEALTH&REHAB」(デンマーク)、「The Mobility Roadshow」(イギリス)を視察したが、パーソナルモビリティの充実に大きな感銘を受けた。本稿ではこの2つの展示会におけるパーソナルモビリティと、デンマークでの日々の生活における印象も含めてご紹介したい。最後にこれらを踏まえ、今後の日本のユニヴァーサルデザインの可能性についても考察してみたい。
2.「HEALTH&REHAB」と「The Mobility Road Show」の概略
福祉関連用具では北欧最大といわれる「HEALTH&REHAB」は、展示ブース、入場者数共に日本の「国際福祉機器展H.C.R.」の1/2程度の規模だ。但し情報保障などのIT関連は対象外となっている。会場は「COP15」が開催された「BellaCenter」で、コペンハーゲン中央駅から電車で30分程の新興住宅地にある。エントランス前には風力発電の原寸大の翼が展示されるなど環境立国を誇示する。 会場内は緑化と採光が十分に取り入れられた心地よい空間だ。
ロンドンから電車で1時間程にあるPeterborough近郊で開催された「The Mobility Roadshow」は、車いす使用者、高齢者などに向けたパーソナルモビリティに限定した展示会だ。展示スペースは屋内外含め「東京ビックサイト」の西展示棟程度の規模だ。なお屋外では来場者が実際に展示品に試乗でき、且つ障がい者に向けた各種レジャーも体験出来るようになっている。
3.用途開拓が進むパーソナルモビリティ
ここからは展示品をカテゴリー毎にご紹介する。まずはアウトドア仕様について、雨天などの天候に対応したもの、安定した長距離走行、より過酷なアウトドアスポーツを志向したもの、自動車への可搬性を考慮したものなど幅広い展開をみせていた。
電動三輪車・四輪車はより日常生活のニーズに対応したものが多い。自動車さながらに快適な室内空間を装備したもの、レインフードなどによる雨天対応、友人宅、旅行先に車で持って行けるようにコンパクト化が図られたもの、更には専用スーツケースの中に収まるものなどがみられた。
車いすはよりユーザーの趣味志向に応えるものが提案されている。グリップ性の高いタイヤを履き荒地での走破性を図ったもの、車体後部に車輪を配し山場など傾斜面での安定性を狙ったもの、幅広のタイヤを取り付け砂場での走破性を図ったもの、更には変速機、ドラムブレーキなどマウンテンバイクさながらの装備を有するものなどがみられた。そしてピンク、グリーンなど彩度の高いボディカラーと各種アルミパーツの材質感によって、いずれもスポーティーで魅力的なモデルとなっていた。
更には特定のスポーツ用途に向け、ダンス用には軽量化等により操舵性を高めたもの、バスケットボール用には衝突時の安定性向上のため車輪をハの字型に配したもの、フットボール用にはボールを蹴るためのガードを装備したものなどがあった。
特にユニークなものとしては、ゴルフ用の電動車いすだ、移動する時は座位ポジションだが、ショットを打つ時は立位ポジションに変えられるものだ。当然、グリーン内の芝生やバンカーでも走破可能なようにグリップ性の高いタイヤが装備されている。そして、ニーズ探索中ということだったが、車いす用のキャタピラアダプターが展示されていた。車いすのまま乗降し、キャタピラーで移動する。沼地などの悪路での走破性向上を狙ったものだ。
歩行補助車においても、可搬性を考慮し畳めるもの、ビーチなどでタイヤが埋もれないように、タイヤを二重に装備するなどの配慮が見られた。日本製品は高齢者ユーザーの嗜好を意識してかベージュ色やグレー色のものが多いように思うが、こちらは黒とシルバーを基調としたスポーティーなスタイルが多い。中には目障りな金属フレームをうまくカバーリングし、外観の美しさを商品の特徴として強く打ち出しているものもあった。
さて、今度は高機能化と操作性向上という点で見てみよう。車いすにおいては、アシスト機能の充実が一つの傾向だ。車軸を電動でアシストするもの、車いす底部の小型駆動部(着脱可能)でアシストするもの、”タイヤを回す”のではなく”レバーを動かして”移動するものなど様々な提案がされていた。また欧州における肥満人口を反映してか、肥満対応の幅広バージョンもあった。
電動車いすは液晶表示による操作感の向上を狙ったもの、iPhone、iPodtouchと接続し走行状況をナビゲートするもの(iPortal)、また介助者専用のハンドルを本体後側に装備するなどの工夫がみられた。デンマークではパーソナルアシスタント制度という障がい者がヘルパーを雇用出来る仕組みがある。こちらではヘルパーの付き添いを得ながら街を散策する電動車いすユーザーをよくみかけるが、こうした背景がそこにはある。
食事用ロボットアームを装着した電動車いすの試作モデルを展示し、車いすユーザー自身で生活出来るシステムを模索するところもあった。会場には多くの電動車いす、電動三輪車・四輪車ユーザーが来場していたが、杖の固定治具を後部に装備するもの、前面にナビゲーションを装備するもの、太陽電池を装備するものなどユーザー自身による様々な工夫がみられた。特に電動のパーソナルモビリティにおける外出先での電池切れは、誰しも避けたいものだろう。太陽電池のような自家発電と共にどこでも充電できるインフラの普及も期待したいところだ。
電動車いすの最新モデルは一般のモーターサイクルデザインに近い、よりスポーティーで高級感のある外観デザインが施されている。またフレームなど金属部分の露出を樹脂カバーで丁寧に覆うなど細かな配慮が行き届いているのが分かる。
自動車に関しては車いす、電動車いす、電動四輪車・三輪車の乗降性に様々な工夫が見られた。車いすの収納に関しては、天井のカーゴに収納するものに加え、トランク部から運転席近傍までリフトアームが届き、そのままトランクに収納出来るものなどあった。また着脱可能な助手席に車輪を装着して車いすにするなどのユニークな取り組みもあった。車いす及び電動車いすのまま乗降できるタイプは、自動車後部からそのまま運転席や助手席までエントリーできるものが主流だったが、最も印象的だったのは、助手席側から電動車いすのまま乗車できるものだ。乗降は30秒程度で完了する。前述の自動車後部からエントリーするものは、乗降のたびに荷物を除けなければならないが、これならばその必要がない。
さて次は、“二人で楽しめる”という視点でご紹介する。デンマークは自転車大国としても有名だが、子供と大人、または車いすユーザーと介助者が一緒に乗れるなどユニークな自転車が数多く展示されていた。前輪に子供用シートが装備されているもの、車いすに乗ったまま自転車の前輪側に乗るもの、二人が横に並んで“足で漕ぐもの”や“手で漕ぐもの(ハンドサイクリング)”などがあった。その多くは電動アシストを装備し、大きな負荷なく楽しめるように配慮されている。
ハンドサイクリングの自転車においては、スポーツ用モデルも展示されていた。ロードレーサータイプ、マウンテンバイクタイプ、そして会場には簡易シミュレーションによるアトラクションも提供されていた。
両展示会は体験コーナーも充実していた。車いす、もしくは電動車いすでタイムを競う障害物レース、上肢だけを使って登るクライミング、バイクのようにハンドルで運転出来るゴーカート、そしてダンス、ホッケー、アーチェリーなどがあった。また体験はできないものの車いすユーザーに向けた射撃クラブ、小型軽飛行機クラブ(Aerobility)などの紹介もあった。リフト付キャンピングカー、医療支援が付帯したリフト付大型バス旅行サービスなどアクティビティを広げる幅広い用具とソリューション提案もされていた。以上、パーソナルモビリティにおける幅広い用途提案を感じていただけたと思う。
4.パーソナルモビリティ普及の背景
デンマークの街では電動三輪車・四輪車をよくみかける。前述の展示会の説明員によれば、コムーネ(日本の市に相当する)によって支給基準は異なるものの、電動三輪車・四輪車を希望する高齢者は購入代金の50%もの補助を受けられるという。因に数年前までは全額補助であった。また松葉杖で歩行可能な障がい者も、行動範囲に制限があるとして電動三輪車・四輪車を支給されるケースも多い。こうした制度上の恩恵が普及を後押ししていると考える。
イギリスでは「ショップモビリティ」という街の活性化活動が普及しているという。ボランティア団体などが高齢者に電動三輪車・四輪車を貸し出し、近隣商店での購入機会を増やそうというものだ。日本でも数年前から取り組みがなされているようだが、移動機器に対する抵抗感などから普及が進まないという。
そもそも福祉用具に対する価値観が、欧州と日本のそれとは異なるのではないかと感じている。私が留学していたエグモントホイスコーレン(デンマーク)では、障がいをもった多くの学生が松葉杖、車いす、電動三輪車・四輪車をシーンに応じて使い分けていた。またデンマークでは、労働基準法の規定により介助者は介助サービス利用者を担いではいけないことになっている。介助者の腰への負担に配慮したものだが、替わりに移動式リフトが日常的に活用されている。日本のある介護福祉士は「こうした用具があるのは分かっているが、使うと時間がかかるので、つい自分で担いでしまう」ともらす。生活シーンよって用具を使い分ける習慣に加え、こうした労働者を保護する法的拘束力も相まって、デンマークでは福祉用具を積極的に利用する。こうしたことも普及の一つの背景であろう。
5.今後の日本における課題
最後に三点ほど提言をしたい。一点目は福祉用具の外観デザインについてである。本稿でご紹介した展示品は、非常に魅力的なものばかりであった。そして、きっとそれを使うユーザーも、かっこうよく見えるはずだと想像するのである。こうしたことが福祉に対する同情的観念を改めさせ、同じ目線に立った相互理解の一助になると考える。ユニヴァーサルデザインは、様々な特性の方々が分け隔てなく使用できることを志向し、且つより美しく魅力的であることを目指している。同様に、特定のユーザーが使用する福祉用具においても、美しく魅力的であって欲しいと思うのである。
二点目は前述の「ショップモビリティ」という観点で、高齢者福祉と産業発展における大きな可能性についてである。日本における超高齢化社会における一つの大きな課題は、孤独死など高齢者の社会的繋がりの喪失である。もしパーソナルモビリティが広く普及すれば、高齢者の外出機会が増え、周辺住民との接点が生まれるだろう。そして行動範囲が広がった高齢者は、近隣商店の新たな顧客となり、街の活性化にも繋がる。日本の「ショップモビリティ」における先行事例は必ずしも良好な成果をあげているわけではないようだが、改めてパーソナルモビリティの商品力向上と公共交通の整備を官民一体となって取り組むべきだと考える。また近年、日本の自動車メーカーは自動車に変わる新たな商材を模索している。パーソナルモビリティの市場拡大は、彼らにとっても大きなビジネスチャンスとなりうるはずである。
三点目はサスティナビリティにも繋がる可能性についてである。デンマークでは主要道路のほとんどに自転車専用道路が整備され、且つ自転車のまま電車に乗れるなど、自転車の公共交通におけるアクセシビリティが非常に高い。これが結果として乳母車、歩行補助器、車いす、電動車いす、電動三輪車・四輪車など全ての移動機器に対するアクセシビリティの向上に繋がっている。このようにパーソナルモビリティを公共交通の基本インフラとして整備を進めれば、より多くのユーザーを受け入れることになるはずである。更にそれは、内燃機関を有する移動機器に代わり、エコフレンドリーな交通手段の普及促進にも繋がる。ユニヴァーサルデザインの追求によりユーザーの選択肢が増えることは、結果としてサスティナブルな移動機器と手段も包含するという一挙両得の可能 性があると考えるのである。
最後に一つお知らせをしたい。私は「第三回国際ユニヴァーサルデザイン会議」にて、デンマークのユニヴァーサルデザインとサスティナブルデザインをテーマに特別セッションをもつ予定である。デンマークは「ノーマライゼーション」「COP15の開催国」「世界一幸せな国(イギリスのLeicester大学の調査)」など話題に上ることも多いように思う。同セッションでは私の滞在の実感に加え、デンマークからも講演者を招聘し、デンマークの実状をご紹介する。それを通じて、日本のユニヴァーサルデザインの未来を皆さんと一緒に考えたいと思っている。
■関連及び参考資料
・福祉用具か、補助用具か(イソムラ式)
・福祉用具の定義(イソムラ式)
・Accessible to Enjoyable(イソムラ式)
・「HEALTH&REHAB」
・「The Mobility Roadshow」
・ショップモビリティ
・電動三輪車四輪者使い方手引き財団法人テクノエイド協会発行
・介護保険給付福祉用具情報財団法人テクノエイド協会
・日常生活用具給付等事業の概要厚生労働省
・介護・高齢者福祉 〜明るい高齢社会の実現に向けて〜
by isoamu
| 2010-09-14 00:44
| ユニバーサルデザイン