日本型ユニバーサルデザインの課題と可能性
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日本におけるユニバーサルデザイン(以下UD)はCSRと強く結びつき、多くの製造業がものづくりの理念に掲げ推進した。これはサービス業、地方自治体にも広がり、当事者が実感レベルでアクセシビリティ向上を感じるほど一定の成果を上げた。UDは共用品と並び称されるように、あくまでも障がい者と健常者の双方が共用で使うことを目指していた。よって多くの開発は一般向(General)の改善に力点(Effort)が置かれ、当事者が本当に必要とする専用品(Special)は採算性確保の観点から参入を拒む傾向にあった。逆にいえば、だからこそ共用品である必要があった。
日本におけるUDは、幸運にも日本人の特性がうまく機能し多くのフォロワーを生み、各社競って研究開発に投資した。結果、国内に広く浸透したが、未だ改善しない景況感に紛れ、UDを唱えるトーンも最近は随分落ち着いてきた。現在は国内市場の飽和感から新興国への投資意欲が益しているが、BOPが脚光を浴びつつある中、この新興国投資熱とも絡み、今後はBOPとCSRとが強く結びついていくのではないか。現在、UDはサスティナビリティを包含するなど概念と領域を広げ進化をしようとしているが、概念の広がりは同時に求心力を失う可能性もある。
さて日本で置き去りにされた専用品だが、デンマークでは日本と比べ潤沢な福祉財源を背景に、専用品のマーケットは依然として大きいと推測される。デンマーク人の道具に”頼る”ことに対する抵抗感の無さと”便利なら使いたい”という実利的な価値観に加え、その殆どが無償で提供されることから、多くの企業から多様なニーズに対応した製品が提供されている。その結果、日本には見られない多種多様な専用品が開発された。(参考:福祉用具の定義、福祉用具か、補助用具か、スティグマデザイン)
携帯電話を例に日本とデンマークを比較してみよう。日本には”らくらくホン”というユニバーサルデザインをうたう高齢者をターゲットとした携帯電話がトップセールスを維持している。日本はゲーム、動画などのリッチコンテンツを配信するため、大画面タイプが市場の大半を占める。幸運にもこの大画面を覆うための二つ折り形状が、本体に大きな操作面を残し、開発者に改善の可能性を与えてくれた。また、高齢者向けと悟られないために、極力”普通”であることが望まれたことから、機能、外観を主力品相当にするなど、専用品よりむしろ共用品として開発された。以前、機能を絞り込んだシンプル携帯が話題になったが、ビジネスとしては不発に終わり、このことからも日本市場における専用品の非市場性が証明される結果となった。

デンマークにはらくらくホンが相当する共用品の製品カテゴリーが存在しない。欧州の携帯電話はコンパクト&ストレートタイプの市場性が高いことから、操作性改善よりむしろスタイリッシュであることに主眼を置かざるを得なかった。操作性向上を狙った携帯電話(上写真)もあるが、それらは極端に大きな文字、ボタンなど明らかに専用品として佇まいをみせる。日本は、あくまで普通であることを望まれた結果、共用品という製品カテゴリーが形成されたが、デンマークでは必要なユーザーに、必要な要件を満たす専用品が市場に残った。

パッケージデザインにおいても顕著な違いがある。日本のパッケージにおけるUDは、UD理念の普及に加え、日本人の繊細な性質と相まって、細部に渡り数多くの工夫が積み重ねられた。また多くの欧州向けパッケージは多言語表記であり、その視認性はもはや絶望的といっていいが、日本のそれは殆どが単一言語であることから開発者に多くの改善の可能性が残された。デンマークのパッケージは、表記、開封性など多くの課題を残すが、必要最小限の情報保証として点字表記されるなど(上写真)、あくまで必要なものが実直に展開されている。
説明が遅れたが、上のグラフは、一般向(General)に多くの労力(Effort)がかけられている日本に対し、デンマークは一般向け(General)から専用品(Special)まで均一に、幅広く労力がかけられていることを示している。
以上を踏まえ、今後の日本型UDの課題と可能性について、まずは国際競争力という観点で考えてみたい。日本人の特性と同業他社が一国に乱立する特殊なマーケットを背景に発達した日本型UDは、欧州にはない”極め細やかなUD”を実現した。これは、便利なものは抵抗なく使う合理的な欧州の価値観に広く受けいられる可能性があるのではないか。但し、合理的だということは、逆に効果のないものには興味を示さないということでもあろう。明らかな効果が実感できなければ、支持されることはない。今までの実績を基に、より効果が発揮できる領域に特化していくことが日本的UDが国際競争力を持ち得る鍵になると考える。特に高齢化社会は先進国全体の大きな問題意識だ。その中でも介護領域は従事者不足が恒常化している。この領域において効果的な(ex 労務費削減に繋がる)ソリューションが提供できれば、大きな支持を勝ち得ることができるだろう。
今度はQOL(クオリティオブライフ)の観点で考えてみたい。前述のように日本は専用品において十分な熟慮がされているわけではない。特に、日常生活に関するものに加え、非日常生活における専用品は未だ手つかずの状態だ。アウトドアアクティビティ、スポーツ、そして性生活など活動範囲を拡大する専用品がもっと出て来ていい。またこうした専用品が市場性を持ちえるビジネルモデルも同時に開発していく必要がある。折しも、BOTにおいても単にソリューションを提供するだけでなく、ビジネスとして成立しなければ、現地の生活が改善されないことは多くが指摘するところだ。これまでにない創意工夫が求められることは想像に難くない。
ただ、もしここで大きなブレイクスルーができば、これも大きな国際競争力に繋がる。デンマークにおける補助機器は無償で提供されているが、その財源は言うまでもなく国民の税金だ。デンマークでも数年前からの不景気で社会保障の予算に見直しがされているようだが、このことは、高福祉も国家レベルでビジネスが成立していない限り持続維持できないことを表している。前述の、専用品でありながらビジネスモデルが成立するというイノベーションを生み出せれば、そのビジネスモデル自体も大きな競争力になりうる。政府に頼らない自らの自助努力による解決は、日本のみならず財政難に苦しむ北欧諸国にも大きなアドバンテージとなる。