2010年 04月 06日
スティグマ デザイン Stigma Design
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※本稿は「日本せきずい基金ニュース44号」に寄稿したものを「特定非営利活動法人 日本せきずい基金」の許可を得て掲載するものです。
私は前職にてプロダクトを中心にデザイン業務を20年間担当してきた。そして本年1月よりデンマークにある障がい者と共学するエグモント・ホイスコーレンに就学している。そもそもホイスコーレン(国民高等学校)1)という学校組織のあり方が非常にユニークであり、学んでいる内容含めご紹介したいところだが、今回はデザイナーとして、主に福祉関連のデザインにおけるデンマークと日本との差分を考察してみたい。
先日、オーフス市内で開催された福祉用具展を見学した時のことだ。本校の教官が「デンマークの福祉用具は 機能一辺倒であまりデザインされていないだろう。日本の方が進んでいるのではないか?」と私に問いかけた。確かに展示品ふくめ学校で使用されている福祉用具は無骨で、かつ無機質な黒色が多い。しかし、私にはなぜか日本のものより好ましく感じていた。
ここで日本の福祉関連のデザインを振り返ってみたい。日本は超高齢化を背景に、ユニバーサルデザイン(以下UD)が広く普及してきた。デンマークと比較し潤沢な福祉財源を持たない日本は、幸いにも自助努力の精神が培われてきたように思う。市民団体によるボランティア活動から端を発し、そして自動車、家電製品などの製造業は、社内にUD専門部門を設置し、UD商品の企画開発を進めた。中には、UDが企業理念にまで昇華した事例もある。
こうした企業主体によるUDの推進は、採算性確保の制約から、その多くは一般製品を”より使いやすくする”というプロセスに留まっていたように感じる。よって利用者である障がい者のニーズへの直接的な貢献よりは、むしろ供給側のCSR(Corporate Social Responsibility =企業の社会的責任)を拠り所として展開されてきた。この供給側の利用者への同情志向を基点にデザインされた結果、”UDっぽいデザイン”が数多く生み出されることになった。それらは確かに使いやすいが、使いたくないデザインが多く、ここ数年は”より美しいUD”という自嘲するような理念が定義されてきた。また福祉用具においては、極力目立たないような色(肌色、白)や、やさしい印象を与えるためパステル系のカラーが採用されてきた。しかしそもそもそれが”哀れむべきもの”との供給側の意識が利用者に垣間見え、更にはその使用がそれを追認するというStigma(不名誉な烙印)に陥ってしまった。こうして供給側の利用者への思いは、皮肉にも利用者に対する心理的バリアを作ってしまったわけだ。
デンマークに話を戻そう。デンマークには重度の障がい者が、自己の社会参加のために介助者を雇用するというパーソナルアシスタント制度2)がある。制度の適応を受けるための一定条件を満たした障がい者が、雇用主として数人の介助者と雇用契約を結び、かつ就業管理をする。因に本制度下におけるヘルパーは特定の資格を必要としない。障がい者と共学する本校において、ほとんどの学生が同級生である障がい者を介助し、給与をもらいながら学んでいる。そして雇用主である障がい者は自身の学校生活におけるADLを確保するために同級生を雇用している。ここには、働きながら学ぶという介助サービスの供給者と受給者との利益が共存するWin-Winの関係が成立している。
日本も障害者自立支援法に基づき介助給付を受けることはできるが、市町村など他者が主体となって認定及びサービス内容は決定される。3)しかし、パーソナルアシスタント制度は、コムーネ(市に相当する地方自治体)に認定された範囲ではあるが、障がい者が雇用主という”利用者が主体である”という思想が根底にあるように思われる。デンマークの障がい者にとって、介助サービス、福祉用具は、自身のADLを確保するための手段であるという合理性がそこにあるのではないか。そして供給側は、主体者のニーズを実現するため、必要な機能を忠実に、福祉用具をあくまで道具としてデザインしているのではないか。 結果、 無骨で黒色ではあるが、なんら疎ましさを感じない誠実なデザインが出来上がったと言えないだろうか。利用者と供給者におけるこの合理的な関係が、デンマークの福祉デザインに対する私の”好ましい”という印象になったのではと感じている。
デンマークには”HYGGE”という快適にゆったりと過ごすという意の言葉がある。本校でも夕食後は、友人との会話、昔ながらのテーブルゲームなどをしながら過ごす。そこに流れるゆったりとした時間を楽しむわけだ。日本と比べ企業が提供する娯楽サービスも少ないが、供給されるものに依存するのではなく、楽しむ主体は自分自身であるという価値観がそこにはある。あるべきデザインというのは、利用者が主体となったモノとの関係が構築された先にあるのではないだろうか。
株式会社グラディエ 代表取締役 磯村 歩
1)フォルケホイスコーレとは?
2)デンマークにおける障害者の「自立」の考え方−政治と倫理
3)介護保険と社会福祉の制度 テキスト3 利用者を支えるしくみを学ぶ 株式会社ニチイ学館 P82
by isoamu
| 2010-04-06 05:24
| ユニバーサルデザイン